地区コミュニティ協議会

川内地域 陽成地区コミュニティ協議会

地区からのお知らせ

陽成地区の概要

1 地区の人口

  人口 648人
  (内 訳)
  (1) 男性 297人
  (2) 女性 351人
  (3) 高齢者人口 306人
  (4) 高齢化率 47.2%
  (平成28年 4 月 1 日現在)

 

2 地区の面積

  総面積 13.26㎢
  地目別内訳(割合)
  (1) 6.95%
  (2) 4.96%
  (3) 山林 45.33%
  (4) 原野 11.25%
  (5) 宅地 2.45%
  (6) 雑種地 0.66%
  (7) その他 28.40%
    (公共施設・道路等含む)

 

3 地区名の由来

地区名の由来は,中国「南宋」時代の学者,朱熹の

気発処(ようきのはっするところ) 金石亦透(きんせきもまたとおる)
精神一倒(せいしんいっとう) 何事不(なにごとかならざらん)

中の陽と成をとってつけたものといわれています。
陽気がひとたび発すれば,金も石も溶けて春の気候になる。どんな困難も精神を集中して行えば打ち勝つことができるというたとえです。

 

4 地区の神社・仏閣

(1)一條神社

 王朝時代,新田神社の夏越祭への奉幣使一條某が,任務を終えて帰京する途中,このあたりで病死(自殺との説もある)したので,これを悼み,一社を建てて祀ったと言われています。
 この神社は,初め中央岳(知応岳)の中腹にありましたが,中古になって現在の地に移転したとのことであり,一番古い棟札は,宝永5年(1708年)の鳥居を造営したときのもので,神社はこれ以前からあったことがわかります。

(2) その他の神社

  • 南方神社(平成7年8月5日一條神社に合祀)
  • 比志利神社
  • 高城神社

(3) 妙徳寺

浄土真宗・本願寺派。明治25年に創立され,同31年「寺號公称」とあり,京都の本山より,「妙徳寺」として認められたものと考えられます。

 

5 地区の郷土芸能・行事

(1) 太鼓踊り

陽成地区の概要 太鼓踊りは,農家の青年が集団で太鼓や鐘を打ちながら跳びはねる踊りで,踊りの始まりは,島津義弘公が朝鮮出兵出陣祝いであるとか,凱旋祝いであるとか言われています。農村の気風を鼓舞するため,薩摩藩が大いに奨励して踊らせたものと言い伝えられています。その後は,地区の氏神に奉納し,五穀豊穣を祈願するものとして引き継がれ,現在に至っております。

 

 

 

 

 

6 地区の史跡

(1) 薩摩街道

 薩摩街道(出水筋)は,参勤交代に島津の殿様の行列が通った街道で,本地区をほぼ縦断しています。
 御仮屋馬場の下の渡唐口から大小路に渡り,高城町妹背橋を通り下大迫一戦川から上原を越えて本川公民館のところに出てきて,ほぼ県道沿いに北上しています。
 陽成小学校には,藩侯御茶屋跡の石碑があり,殿様が休憩してお茶を飲まれた所であります。

 

陽成地区コミュニティ協議会連絡先

コミュニティセンター

所在地 〒895-0212 薩摩川内市陽成町4620番地
電話番号 0996-30-2514
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