地区コミュニティ協議会

樋脇地域 樋脇地区コミュニティ協議会

地区からのお知らせ

樋脇地区の概要

1 地区の歩み・概要

樋脇地区の概要 樋脇地区は、鹿児島県の北西部、薩摩川内市のほぼ中央に位置し、東は入来地域、西は川内地域、南は市比野地区、北は倉野地区に隣接しており、東シナ海にそそぐ川内川の支流樋脇川の流れに沿って開けた平野で、沖積層がよく発達し水田に利用され、周囲は広いシラス台地で茶畑が多く、水稲、イチゴ、レイシ、畜産等の農業が主産業となっている。
 また、樋脇地区と市比野地区のほぼ中ほどに、お椀を伏せたような半円の美しい丸山がある。丸山は樋脇地区のシンボル的存在であり、住民の憩いの場として親しまれている。
 人口は、昭和30年をピークに毎年減少の一途をたどっており、過疎の波と少子高齢化により、人口の減少と高齢化の進行は、歯止めが利かない状態にある。

 地区内には、薩摩川内市樋脇支所、樋脇公民館、樋脇小学校、樋脇中学校等の公共施設の他、樋脇郵便局、JAさつま川内樋脇支所、商工会、丸山自然公園(多目的グラウンド・天然芝コート・人工芝サッカー場)、樋脇人工芝競技場、鷹の巣冷泉(農産物直売所)などがある。 また、田苑酒造、九州岡野エレクトロニクス等の企業等もあり、樋脇地区の中心地としてその役割を担っている。
 昭和52年に八幡住宅(3階建18戸数)、昭和53年に諏訪越住宅(3階建18戸数)、昭和58年に八幡住宅(4階建16戸数)、昭和60年に雇用促進住宅の公営住宅の整備、平成12年に温泉付き分譲地田代定住促進団地(田代ニュータウン:94区画)の整備を行い住環境の整備も図られている。
 昭和25年、樋脇高校が新制普通高校となり、斬新なスポーツを取り入れ新制高校の誇りと新進気鋭の精神を養うためホッケーを正課に取り入れたのが樋脇のホッケーの始まりである。以後、樋脇高校のホッケー部の活躍が地区住民に浸透し、20年余の年月を経て地区の小学生・中学生・高校生・一般・家庭婦人など幅広い層で親しまれるスポーツとなり、全国に樋脇ホッケーの名を轟かせている。
 ホッケー振興の起爆剤となった樋脇高校であるが、少子化による高校再編計画の中で、平成21年3月末で閉校となり、川薩清修館高校が設立された。

 これまで、樋脇地区は小学校区を5つの区に分けて公民館制度をとっており、平成2年に塔之原4区コミュニティーセンター、平成3年に塔之原1区多目的集会所、平成4年に塔之原3区・5区公民館、平成8年に塔之原2区公民館といった活動拠点を整備し、活動を行ってきていた。平成16年10月12日に薩摩川内市が誕生し、小学校区を範囲とした地区コミュニティ協議会という新たな組織体制で運営することになった。
 平成17年4月16日樋脇地区コミュニティ協議会が設立し、「自然や文化を大切にし、きれいで住みよい誰もが安心して暮らせるまちづくり」を目指して新たなスタートをしたところである。
 以下、樋脇地区のこれまでの主な歩みを振り返ってみる。

  (1) 人口 男 1,397人・女 1,497人 合計2,894人
  (2) 世帯数 1,402世帯
  (3) 高齢化率 36.35%(65歳以上)
  (4) 関係小学校 樋脇小学校
    関係中学校 樋脇中学校
  (5) 消防団 樋脇中央分団(塔之原部・河内部)
樋脇北分団(岩下部)
  (6) 駐在所 樋脇駐在所

 (平成24年4月1日現在)

 

  • 地区の資源
    • 多くの人々が憩うことができる丸山公園
    • 全国でも数少ないホッケー専用の人工芝コート
    • 鮎釣りのできる樋脇川とホタルが飛び交う八幡河川公園
    • 歴史情緒あふれる文化財や史跡
    • 地区民の願いが叶った塔之原活性化施設「鷹の巣冷泉」

 

  • 史跡
    • 塔之原殿墓(村子田)
    • 三島の仁王像(三島)
    • 快慶入定の石室(上之原)
    • 樋脇城跡(城内)
    • 前田城跡(金貝)
    • 祢礼北の六地蔵塔(祢礼北)
    • 霧島若宮神社の宝塔残欠(上之原)
    • 田の神像(祢地山
    • 本庵)
    • 瑠璃光寺跡石塔群(三島)
    • 玉淵寺跡遺跡(本庵)
    • 馬頭観音像(田代)

 

  • 伝統芸能
    • 塔之原一区太鼓踊り・花尾楽(諏訪神社)
    • 岩下棒踊り(熊野神社)
    • 樋脇武士踊り(三島神社) 

 

樋脇地区コミュニティ協議会連絡先

コミュニティセンター

所在地 〒895-1202 薩摩川内市樋脇町塔之原3567番地1
電話番号 0996-37-2090
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